大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和41年(行ツ)49号 判決 1972年9月22日

上告人 渡辺綱彦 ほか二名

被上告人 北海道知事

訴訟代理人 香川保一 ほか二名

主文

原判決中上告人渡辺彦兵衛および同渡辺嘉男に関する部分を破棄する。

被上告人の右上告人両名に対する控訴を棄却する。

その余の上告を棄却する。

上告人渡辺彦兵衛および同渡辺嘉男と被上告人との間に生じた訴訟の総費用は被上告人の負担とし、上告人渡辺綱彦と被上告人との間に生じた上告費用は右上告人の負担とする。

理由

上告代理人飯島安三郎名義の上告理由第一点について。

原判決によれば、本件土地は上告人ら三名の共有であるところ、北海道河東郡鹿追村農地委員会は右土地につき自作農創設特別措置法の規定により買収計画を樹立して手続を進め、さらに、被上告人は昭和二三年七月二日を買収の時期とする買収の手続をしたが、右委員会は買収計画およびその公告にあたり、また、被上告人は右買収処分にあたり、いずれも所有者の表示を渡辺綱彦外二名と記載し、買収令書は右のように記載されたものを昭和二四年二月三日上告人綱彦に交付したのみで、上告人彦兵衛、同嘉男には交付せず、右上告人両名は上告人綱彦に交付された令書の移送を受けたことも、右令書の受領を追認したこともなかつたところ、その後、本訴が提起された後において、被上告人は、昭和三〇年九月三〇日上告人嘉男に対し、また、昭和三一年一二月一七日上告人彦兵衛に対し、それぞれ、農地法施行法二条一項五号の規定に基づき、前記昭和二三年七月二日を買収の時期とする買収令書を郵送交付した、というのである。

おもうに、農地法施行法二条一項五号の規定が自作農創設特別措置法の規定による公告のあつた買収計画にかかる牧野について従前の例により買収することができるものとしたのはそれが経過規定であるという趣旨から考察すれば、買収計画の公告・承認後遅滞なく買収令書を交付する場合とか、買収計画の公告・承認後遅滞なく買収令書の交付または公告がなされたが、それが法定の要件を欠く違法のものであつたため、当該交付または公告の瑕疵を補正する意味で、重ねて買収令書の交付を行なう等旧法に基づき進行中の買収手続を終了させる場合などにかぎられ、本件のように、上告人彦兵衛、同嘉男に対しては、買収計画の公告・承認後遅滞なく買収令書の交付や公告が行なわれた事跡がまつたくないにもかかわらず、買収の時期より七、八年も経過した後に、前記農地法施行法の規定に依拠してあらたに買収令書を交付して買収処分をするがごときは到底許されないものと解すべきである(最高裁判所昭和四三年六月一三日第一小法廷判決、民集二二巻六号一一九八頁参照)。したがつて、上告人彦兵衛、同嘉男に対する昭和三〇、三一年における各買収令書の交付は無効というほかなく、これを有効と認めた原審の判断に前記農地法施行法の規正の違反があるとする論旨は理由があるに帰し、原判決は、その余の上告理由について判断を加えるまでもなく、右上告人両名に関する部分については破棄を免れない。

ところで、原判決の確定した事実に徴すれば、本件土地につき上告人ら三名の各持分は平等と認められるところ、共有土地の買収は、法律的には、結局、共有者各人に対し、その持分を買収することとなるものと解すべきであるから、本件係争の買収処分の各上告人に対する関係は、各上告人の持分に対する買収処分と認むべきである。そして、原判決の確定した事実に徴すれば、上告人彦兵衛、同嘉男については一度も有効な買収、令書の交付がなかったこととなるから、結局、右上告人両名に対する各持分の買収処分は無効といわざるをえない。

以上の次第で、上告人彦兵衛、同嘉男に対する買収処分の無効確認を求める本訴請求を認容すべきことは明らかであり、第一審判決は理由を異にするが、結局、昭和二三年七月二日を買収の時期とする右上告人両名に対する買収処分の無効を確認するものとして結論を同じくするから、右上告人両名に対してした被上告人の控訴は理由なきに帰し、これを棄却すべきものである。

つぎに、上告人綱彦については、原判決の確定した事実に徴すれば、昭和二四年二月三日同上告人に対する買収令書の交付により同上告人の持分についての買収処分があつたものというべく、原判決は、同上告人に対する右買収処分は無効でないと判断しているものと解されるところ、上告理由はこの点につき何ら主張するところがないから、同上告人の上告は棄却すべきものである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九五条、九六条、九三条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川信雄 色川幸太郎 村上朝一 岡原昌男)

上告代理人飯島安三郎の上告理由

第一点政府が牧野を買収せんとする時には先づ市町村農地委員会が牧野買収計画を作成しこれを公告縦覧に供し牧野の所有者をして異議の中立又は訴願の申立等の途を講ぜしめ後、都道府県農地委員会これを承認認可して、初めて右買収計画は確定するに至り然る後地方長官がこの買収計画に基づいて牧野の所有者に対し買収令書を交付する。斯くして買収の効力は買収令書記載の買収の時期に発生し政府が牧野を原始的に取得するのである。斯くの如くなるを以て『市町村農地委員会の作成する牧野買収計画その公告および縦覧の手続は買収の効力を生ずるための不可欠の要件である』(昭和二三年(行)第一一号同二四年四月五日水戸地裁判決、行裁報一九号五九頁、新判例体系公法編産業経済法1産業法二二六三頁)本件に於ては鹿追町農地委員会の作成したる買収計画の所有者の欄に本来ならば共有者の全員渡辺綱彦、渡辺彦兵衛、渡辺嘉男の三名の氏名を記載すべきに拘らず誤つて秋田県南秋田郡五城目町下町四八渡辺綱彦外二名とのみ記載し渡辺彦兵衛、渡辺嘉男の両名の氏名を脱落し(甲第十三号証、証人村津安寿証言参照)又買収令書も渡辺綱彦一名にのみ交付したのでその買収令書は無効である。(行政処分の要素の錯誤に依り無効)との主張が上告人等の主張である。然るに被上告人(控訴人被告北海道知事)は農地法施行法第二条に基づいて、後から渡辺彦兵衛、渡辺嘉男に買収令書を新に郵送し(渡辺彦兵衛に対しては昭和三一年一二月一七日、渡辺嘉男に対しては昭和三〇年九月三〇日)たから買収令書は有効であると主張する。原判決は被上告人が昭和三一年一二月一七日上告人渡辺彦兵衛に対し又昭和三〇年九月三〇日上告人渡辺嘉男に対し新に買収令書を郵送したことは当事者間に争いがない。かように令書の交付が「買収の時期」より後に行われた場合でもその効果が買収の時期に遡つて発生させることは可能でありそのために被買収者の権利が不当に害されるような事情があるのでない限りこれを違法とするに当らない。そして本件の場合右のような事情は認められない、故に右令書交付により本件土地に対する買収処分は昭和二三年七月二日に遡り上告人等に対し確定的に効力を生じたものというべきである」と判示した。(原判決十一枚目十四行目乃至二十一行目)然れ共原判決は誤である何となれば農地法施行法第二条には「左に掲げる土地権利又は立木工作その他の物件で農地法施行法(昭和二十七年法律第二百二十九号)の施行の時までに買収又は使用の効力が生じていないものはなお従前の例により買収又は使用するものとする」と規定してあるのであつて従前の例によるものとすれば渡辺彦兵衛、渡辺嘉男には買収令書は発行することが出来ないのである。何となれば買収令書を扱つた規定は自作農創設特別措置法第九条であつてその九条には買収…前条の規定による承認があつた農地買収計画により当該農地の所有者に対し買収令書を交付してこれをしなければならないと規定されているのであつて渡辺彦兵衛、渡辺嘉男は農地(牧野)買収計画にはその氏名が記載されて居ないのである更に自作農創設特別措置法第四十条の四にも「政府が第四十条の二の規定による買収をするには市町村農地委員会の定める牧野買収計画によらなければならない」と規定されている。渡辺彦兵衛、渡辺嘉男には農地施行法第二条の見地から買収令書の発行は不可能であるが万一仮に若しもそれが可能ということなれば次の如き不合理矛盾が生じて来る。買収計画には渡辺彦兵衛、渡辺嘉男の氏名が記載されて居ないのに、それを訂正して此等の者の氏名を書き入れる手続は何等取られないとすれば(事実手続は何等取られて居ない)買収計画には永久に渡辺彦兵衛、渡辺嘉男の氏名は記載されないのに拘らず買収令書のみが突然に渡辺彦兵衛、渡辺嘉男に発行(交付)されるとすればそれは丁度所謂木に竹をつないだような格好になり甚だ不可解不合理なものになるのである。惟うに被上告人の主張即ち渡辺彦兵衛、渡辺嘉男に買収令書が発け出来ると謂う主張は牽強附会の主張であつて普通の常識ある者の主張ではない。普通の常識を以て虚心淡懐に農地法施行法第二条の規定を読めば上告人の見解が正当な見解であつて農地法施行法第二条は普通の過度的規定であつて何等異常なことを規定したものではない畢覚するに原判決は農地法施行法第二条の規定の解釈を誤つたか又は理由不備の違法あるものにして破毀を免がれないものと信ずる。

第二点原判決は「しかしながら被上告人が昭和三一年一二月一七日上告人渡辺彦兵衛に対し又昭和三〇年九月三〇日渡辺嘉男に対し新に買収令書を郵送交付したことは当事者間に争いがない。かように令書の交付が「買収の時期」より後に行われた場合でもその効果を買収の時期に遡つて発生させることは可能でありそのために被買収者の権利が不当に害されるような事情があるのでない限りこれを違法とするには当らない。そして本件の場合に右のような事情は認められない。故に令書交付により本件土地に対する買収処分は昭和二三年七月二日に遡り上告人等に対し確定的に効力を生じたものであると判示した。(原判決十一枚目十四行目乃至二十一行目)更に原判決は「原審に於ける上告人渡辺嘉男の供述によれば同上告人は昭和二四年三月中旬頃上告人渡辺綱彦から本件土地が買収処分になつたことを聞知していたことが認められ成立に争いない甲第一四号証の一、二によれば上告人渡辺彦兵衛は昭和二四年八月初めには同委員会から本件土地が買収された旨の通知を受けたことが認められるから同上告人等はその頃までに本件土地につき買収計画及びその公告のあつたことを知つていたものであり買収処分に対する異議申立の機会がたかつたわけではないと認めることができる」(原判決十枚目二行目乃至八行目)と述べた。然れども自作農創設特別措置法第四十七条の二には左の通りの規定がある。

この法律による行政庁の処分で違法なるものの取消又は変更を求める訴は昭和二二年法律第七十五号第八条の規定にかかわらず当事者がその処分のあつたことを知つた日から一箇月以内にこれを提出しなければならない。但し処分の日から二箇月を経過したときは同条の規定にもかかわらず訴を提起する事が出来ない。であるから本件牧野買収に対する異議の訴の提出期間は第一回は昭和二四年三月二日であり第二回の異議の訴提出期間は昭和二四年四月二日である(渡辺綱彦に対する買収令書の送付は昭和二四年二月三日であるからそれより一箇月は昭和二四年三月二日であり二箇月は昭和二四年四月二日である)然るに鹿良町農地委員会から渡辺彦兵衛に対し本件土地の買収になつたことを通知されたのは昭和二四年八月初めであつて(甲第十四号証の一、二)既に異議の訴提起期間は経過して居り又渡辺嘉男が渡辺網彦から本件土地の買収を聞かされたのは昭和二四年三月中旬であつて第一回の異議の訴提起期間を経過して居る。斯くの如く渡辺嘉男、渡辺彦兵衛の権利に不当に害されて居るから原判決の判示は過である要するに原判決は自作農創設特別措置法第四十七条の二の規定を看過したか又は理由不備の違法あるものとして破毀を免かれないと信ずる。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例